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表現者の原点は『飢えと欲情』だ!エンタメでのし上がる人が大前提として持つべきマインド

2019/02/07

どうも!寶船の金髪の異端児、米澤陸です。

昨今、僕が常々思っているのは「条件は今よりいい会社」といったキャッチコピーに代表されるような“合理的な生き方”を推奨する空気感が時代に漂っているように感じます。僕はこの空気感に少なくない違和感を常々覚え、一人のアーティストとして、いや、一人の人間として、人生に喜びを感じる瞬間ってそんなに合理的なものなのかなぁ、と考え込んでしまう事があります。

特に、僕は芸能の世界に身をおき、表現者としてのアイデンティティーを常に模索しているからこそ、感情の伴わない無機質な“合理性”に対して反発したい気持ちが人一倍強いのかもしれません。本当に大切なものは、そんな場所にはない。本質はいつでも感情の中に潜んでおり、必ずしもその原点が合理的なものとは限りません。

今日の記事では、僕が考える表現者の原点とは一体何なのか、表現者がなぜ表現をせざるを得ないのか、そして、その表現を成立させるには何をすればいいのか。ということを考えていきたいと思います。

表現者の原点は『飢えと欲情』だ!

エンタメでも何でも、全ての創作や表現における根源的な衝動は『飢えと欲情』からくるものだと僕は信じています。

カップラーメンが3分待てない、という卑しさ。聴きたい音楽の為にお昼を抜いてバイトをする高校生。「あの娘を自分のものにしたい」と日々筋トレに励む中学生。そういった事にも似てる感受性が、ものづくりやパフォーマンスの根源になる気がします。

ここで言うところの“飢え”とは必ずしも経済的な話とは限らず、ものを作っていくこと自体の好奇心や切迫感のことを指します。言い換えれば“ハングリー精神”と俗に言われるものですね。また、“欲情”とは理性や合理性だけでは片付けられない人間の本能的な欲望、感情のことです。表現者にはこの『飢えと欲情』が常にセットで持ち合わせていることが必須となるでしょう。

しかし、多くの売れないバンドマンや、大学生たちはこの感覚が希薄で、僕からすると「もったいないなぁ」と感じる人が少なくありません。例えば就職活動にしても「どれにしようかな」みたいな感じで人生を選び、結局「お前は何がしたいの?」と突っ込みたくなる人も結構います。

表現者には“表現しなければもたない衝動”が必ずあるわけで、やれ巷で言われている「エンタメで稼ぐ方法」だとか「楽して儲かる5つの方法」だとか、そんなものは二の次三の次にくるべきではないかと僕は断固として思います。

あくまで『飢えと欲情』に向かって走っている人こそが本当の意味でのエンターテイナーであり、表現者な気がします。僕はそういう人は誰であろうと、たとえ何歳であろうと尊敬するし、逆にそれが無い人はどんなに偉くなろうと尊敬出来ません。

『飢えと欲情』の連鎖を誘発せよ!

ただし、ここで気をつけなければならないのが、創作や表現において『飢えと欲情』という個人の感情を一人称で完結させるだけの人はもしかしたらエンターテイナーになり切れていないような気がします。というのも、芸能やエンタメの本質は『飢えと欲情』を“連鎖”させる事にあるからです。

表現者が『飢えと欲情』に向かって何かを表現し、その作品に接した人が更に次なる『飢えと欲情』へと誘発させていく。その連鎖こそがエンタメの本質であると僕は考えます。

この“連鎖”を促していくには、絶対的に「あの人の表現がもっと見たい」だとか「あの人のことがなんか気になる」といった感覚、つまり“需要”を獲得する必要があります。

全てのエンタメは表現を発信する側(供給)と受け取る側(需要)が両立しない限り成立することはありません。すなわちこの需要と供給の相関関係が成り立っていることを、『飢えと欲情』の連鎖と言い換えることができ、それは俗に言う“ポピュラリティ”と呼ばれるものなのかもしれません。

結構な数の売れないミュージシャンはこのポピュラリティの感覚を勘違いしがちで「自分の表現は分かる人にはだけ分かればいい。従って自分の音楽は売れなくていい(売れたら負け)」という論理を振りかざし、メインカルチャーと真っ向から戦うことから逃げようとすることがあります。

この売れないミュージシャン理論は、要するに「僕の個人的衝動を歌にしているのだから多くの人が理解出来るはずがない」といったことが言いたいのでしょうが、はっきり言ってこの考え方は、表現者としての役割を果たしているとは到底思えません。もっと言えばそれは“甘え”以外の何ものでもないでしょう。

本来、表現というのは『飢えと欲情』という一人称の感受性を、創作の力によって三人称に置き換える力であり、それが出来てない表現はそもそも表現でも何でもないような気がします。

今日のまとめ

長々と書きましたが、要点をまとめます。

⑴表現者は『飢えと欲情』という根源的な感受性を持たなければいけない。

⑵同時に表現者は『飢えと欲情』の連鎖を促す責任がある。

⑶その為には『飢えと欲情』という一人称の感受性を三人称に置き換える能力が必須。

今日言いたかったことは、ざっとこういうことです。こんな簡潔に書けるから最初からそう書け!笑

終わりに

これを読んで下さった全てのアーティストの皆さん。僕はあなたの底無しの好奇心とチャレンジ精神をいつまでも応援しています。
これからもアーティストとしての『飢えと欲情』をいつでも抱きながら、最高の芸能人生を歩んでいきましょうね。一緒に頑張りましょう。

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米澤 陸
1991年、東京都生まれ。寶船のプロメンバー「BONVO」に所属し、年間200ステージを越える公演に出演。奇抜なメイクと、パントマイムやダンスを取り入れたオリジナリティ溢れるパフォーマンスには定評がある。

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