画家、こばやしさんの言葉
「やめなかっただけです。」
先日お会いした画家のこばやしみわこさんに、「なぜ諦めず、今まで続けてこれたと思いますか?」と聞くと、彼女は謙虚にそう答えました。
「夢」という言葉には、重さがありすぎます。叶うか、諦めるか、二択のようなニュアンスがあるからです。しかし実際、夢の形は変化していくもの。崇高なものと祭り上げるべきでなく、誠実に挑戦する日々の連続なのです。
「夢」の正体はヘッドライト?
夢は、車のライト。暗闇で進行方向を映し出すためのものです。人は、誰しも未来が不安であり、少なからず未知の恐怖を抱いています。そこで人は夢を描きます。未来に向けライトを当てれば、闇への不安や迷いは消え、一心不乱になれますよね。
叶うか、諦めるか。この二択は、辿り着く場所こそが「夢」だと解釈しているから。でもそれは間違いです。夢に辿り着くことは現状に満足し、立ち止まった時しかあり得ません。目的地に着いたとき、ライトはその先を照らしているものです。
「諦めること」と「叶って満足すること」は、ほぼイコール。どちらもライトを消した時。ライトを照らしつづければ、夢は永遠に続いていきます。
「挫折」は、夢の終わりなのか
あなたが野球選手になりたかったとします。でも、残念ながらなれなかった。当然、挫折を味わいます。しかし、挫折は「諦め」ではありません。誠実に挫折した人間にしか見えない、挫折から絶対に這い上がってやる!という夢があるはずです。
野球選手になれなかった男は、野球選手になって実現したかった未来を、諦めずに見続けることができます。観客の笑顔、自己の成長、子どもたちに夢を届けることなど、人によって野球選手になぜ成りたかったかがあるはず。その、職業名を越えた「野球選手の夢」を実現することはできるのです。
夢の大きさは、自分との距離。近い距離の夢ならば「今日も歯を磨く」でもいい。誰も想像しえない遥か遠い夢ならば、野球選手という職業名を越え、人生で成し遂げたい志やミッションステートメントになります。
つまり、続けていれば夢は必ず叶うもの。挫折も夢への一部。夢へ立ち向かう行動は、それ自体夢が実現している連続なのです。映画が、1コマ1コマの写真の連続であるのと同じ。毎日、誠実に目指すこと自体が夢の1コマであるのです。
また、永遠に叶わないとも言えます。これはポジティブな意味。進んだ未来で立ち止まらなければ、新たな夢が必ずあるからです。
楽天の三木谷社長が、講演で「経営は、永遠に続く山登り。成功は永遠にない」と仰っていました。その通りですよね。
画家のこばやしみわこさんの「やめなかっただけ」という言葉は、夢の本質を捉えてると感じます。こばやしさんにとって、画家の夢は毎日叶っているわけです。そして、永遠に辿り着くことのない大きな夢でもある。謙虚な言葉に、そんな想いを感じました。
少年よ、大志を抱け!
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